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| がんべんの部屋 中国駐在日記 | ||
|---|---|---|
| 最終更新日 | 2008-7-29 8:08:08 | |
| 要旨 | ||
| ウェブマスター | gangbentakuya | |
| カテゴリ | ||
| 作成 | livedoor Blog | |
| 言語 | ||
| 現状 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 久しぶりにブログに日記を書いてみる。2月からこのブログもほとんど見ていないので、消されたのではないかと思い恐る恐る開いたら、まだあったみたい・・・。 最近無性に仕事を辞めたくなってきた。なんというか、もう我慢の限界。こんな仕事辞めてやるっていう一歩手前まで来てる。3年前からずっとこんなことを繰り返し友達に言ってるから、また病気が始まったとかとしか、映らないらしく、相手にしてもらえないのが悲しい・・・。 こんな偏狭の地で一人で色んな責任を負って、大変な決断や交渉ごとをしているのに、本社は知っているのかとつくづく思う。ここにくる出張者も、口々に こんなところでよく働けるわー。 ってな他人事全快のせりふを吐く始末だから、本社の対応が見えてくる・・・。口では綺麗なことを言いながら、使えるだけ使って後は終了みたいな感じできられるのが怖いので、こちらから先に動きを見せようと思う。 | |
| そろそろ始動です | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 明後日から中国へ旅立つことになる。1ヶ月なんて本当に早いものだ。ボーとしてたら・・・。 不安もある。やってやるぞ!って思いもある。前のめりになってはいけないと傍で、冷静に諌めている自分もいる。 まずは健康第一。それを常に心がけていこう。それさえ、満たされていれば結果は知らず知らずのうちについてくるものだと思う。焦らないように、毎日ゆっくりがんばりたい。 | |
| テンション保持 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 父の病気がなってから、テンションがあがらなくなった。どんなにがんばろうと思っても、やる気なんておきなかった。 父の看病をしているのでもなく、仕事場にいるのに、父のことをずっと考え続けた。 今振り返ってみると、身体的もしくは精神的に不安を抱えているとすれば、テンションなんてあがるものではない。もしそれでテンションあげれる人は、僕からすれば自分にうそをついている人ではないかと思えてならない。 人は最低限の基盤が満たされてこそ、全力で何かに取り組めるのだと思う。またそれぞれ仕事にあった力量が最大限に発揮されてこそ、達成できるものだ。 | |
| 仕事を開始するとするか | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 父の病気が発見されてから、ほとんど正常に仕事ができなかった。中国にいるせいもあるが、常に父のことが気がかりだった。今思うと、よくあんな状態で生きていけたと思うほど、尋常ではなかった。 ほとんど仕事をしたという覚えがなかった。もう仕事なんてどうでもいいと思っていた。会社がどうなろうとどうでもよかった。 そんな社員が存在してもいいのかと、自分の良心が、僕に訴えかけていた。その問いかけに答えながら、生活していた。 会議を主催する立場にありながら、少しカチンということを言われたりされたら、平気で投げ出していた。普通ならどうでもいいことでも、頭にきて自宅の事務所で仕事をしているふりをしていた。そうしなければ、精神的に異常になりそうだったから・・・頭がおかしくなりそうだった。 言い訳になるかもしれないけど、今ここで日記をかけているのも、健康(といっても、軽いリウマチにかかっていますが・・・)だからだと思う。ときには 、逃げることも大事なのだと、痛感した。やはり健康だからこそ、仕事ができるのだと思う。これは、これからも忘れてはいけない基本原則だ心に刻んでおこうと思う。 話を戻す。父が亡くなった今、寂しさもある。でも生活する以上、働かなければならない。どこかでお金を稼がなければ飢え死にしてしまう。そんなことわかっている。 でも、どうしても心の中で、父が病気だったときの仕事内容と自分の状態を思い出してしまう。一体今回中国に帰って前みたいに切れのいい自分に戻れるのか不安だ。正直なところ、また体を悪くするのではないかとか、変な方向に考える自分がいる。 その不安の中で、少し期待もある。父が病気のときに、自分ができなかったことを精一杯やろうっていう期待。絶対やり遂げてみせるっていう自信。この自信はどこから涌いてくるのかわからないが、常に僕の中にあることも事実。 その不安と自信の真ん中で終始ゆれる自分本体。一体どっちが自分なんだろう。 あと一週間の日本滞在。難しく考えずに(といっても無理だけど努力しよう)自分のペースでやろう。あかんかったら、日本帰国も選択肢にいれながら、無理をせず自分と話をしていこうと思う。 | |
| 父親 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 1月21日午前2時45分父が亡くなった。母が最期を看取った。父も幸せだっただろうと思う。 11月2日に母から電話がかかってきた。 「おとうさんが、今日病院検査いったところ、癌だとわかったそうなの・・・」声を詰まらせる母。 その一言から、今まで何気なく思っていた時間が急に愛おしく感じるようになった。 ただ中国駐在員というこの場合とても都合の悪い職業についているため、苦悩した。幸い会社の計らいで,,何度か帰国することができた。しかし、仕事をしている時も、父のことを考え続けた。一体俺はなんのために中国まで来て仕事をしているのだろうかと・・・。 一時期精神病にかかったのではないかと思うほど、錯乱状態になっていた。普段ならどうでもいいことで怒ったり、泣いたりしていた。調子の良かった時のガンベンはいずこに…と思うほどだった。何度もう会社を辞めようと思ったかわからない。こんな苦しい経験は本当に、初めてだった。中国駐在員として、何度も現場で血がでるまで悩み、病気になったことはあるが、あのときの苦しみとはまったく別次元だった。 1月16日にもう父が長くないということで、会社に無理を言って帰国させてもらった。そのときの父は、もう意識がほとんどなかった。とりあえず気持ちが錯乱しないようにと、心がけていたのだが、二人っきりのときにぼろぼろ泣いた。 それから4日後父はこの世を去った。享年64歳だった。その知らせを夜中に母から連絡を受けた。想像していたよりも、動揺はしなかっし、取り乱しもしなかった。たぶん、心のどこかで覚悟ができていたのかもしれなかった。 その1時間半後父が家に帰ってきた。まだ暖かかった。 「お疲れ様、お父さん」 と母が父のおでこをさすりながら言っているとき、悲しみがこみ上げてきた。。 それから、もう何もしたくなくなった。ただ一人で部屋に閉じこもり1時間ほどなき続けていたように思う。母は通夜や告別式の準備、親族への連絡があるので、あんたも手伝ってと言っていたが、僕には通夜も告別式なんてどうでもいいと思った。なんでそんなんせなあかんねん・・・と思いながらも形式だし、父の旅立ちでもあるんだから、っということで、しぶしぶ母の手伝いをし始めた。 その日は看病疲れのせいか、今まで精神剤を飲んでいたのも忘れて、ぐっすり寝た。母が、棺おけに入った父のそばで、横になっているのを見てから・・・。 そして、次の日通夜が始まった。初めて祭壇に祭られている父を見たとき、無性に涙が止まらなかった。今から通夜が始まるのだと思うと、この祭壇から父を担ぎ出して家に運びたくなる衝動がどうしても抑えられなかった。このまま狂ってしまうんじゃないかと思うぐらいその思いだけが胸をかけめぐっていた。便所に駆け込み、壁を何回も殴りながら、 「なんでしんだん・・・おとん・・・はやいって・・・」 と誰にも聞こえないようにハンカチに口を当て号泣しながら、叫んだ。それから何分かしてからやっと落ち着いたころ、母から電話があり、もう通夜の儀式が始まるからはよきいやということだった。 通夜には色んな人が来ていた。父の仕事仲間、部下、釣り仲間(父は釣りが大好きだった)等々、生前父が親しくしていた人たちが忙しい中で駆けつけてくれていた。そういった人たちが、父のためにきてきれていると思うと、とてもうれしくなった。父が思った以上に愛されているのだと思うと、通夜をしてよかったと感じれるようになり、ホッとした。 それから、告別式。そして火葬場で骨になった父と対面した。嗚咽を我慢した。骨を拾うときに、来世はもっと賢くなって生まれてくるねんで・・・と念じながら骨つぼに入れた。 父が亡くなって、初めて…というより、父が癌になったとわかった時から、生命は永遠ではないということを痛感した。もちろん、以前に葬式にも出たことはあった。でもあくまでも、他人の葬式だ。その場でももちろん泣いた。形式じゃなかったと思う。それなりに仲の良かった友人、大学時代の先輩等々・・・でも、今回ほどの感情は生まれなかった…。 たぶん、今僕がこれだけ冷静に父のことを思えるのは、きっと父の看病をして、父の辛い姿、苦しんでいる姿を見てきて、納得ができることができたからだと思う。そう思うと、本当に僕は恵まれたと思う。感謝の思いを伝えることができたからだ。わずか2ヵ月半の闘病生活だった。でも僕にとっては、掛け替えのない長い長い時間だった。そして、命がけで父と過ごした時間でもあった。 父との思い出なんて振り返ってもいいものなんてあまりない。(と思う)小さなころに悪さをして、帰ってきたら父が待っていて、唇がさけるぐらい殴られたこと。唾をつけられたこと・・・。 まあいい思いでもがんばって思い出せば何個もある。といってもたいしたことではない。・・・と思っていた。免許をとるために、色々教えてもらったこと。仕事を始めてからどんなにしんどくても、車で関空までつれていってもらったこと。将棋を教えてもらったこと。ここまでそれなりに育ててもらったこと。・・・。 たわいもない思い出たちが、僕の頭の中を埋め尽くしている。そこに僕の父は存在する。笑っていたり、怒っていたり、泣いていたり、苦しんでいたり…その父は、もういない。寂しいがそれが現実なんだなって思う。 以前みた西遊記のなかで、三蔵法師が言っていたセリフがいやによみがえってくる。 「たとえ、目には見えなくても、たとえ、声は聞こえなくても、母を思うとき私の中に母はいます」 いい台詞だ・・・!と見ている時思った。でも今になって、実感するようになった。僕の父は、父親としてはギャンブルもしたし、浮気もしたし(僕はあまり実態はしらないが)、仕事は一生懸命にするが、事務帳面がめんどくさいらしく、毎月末の決算のたびに、母と喧嘩していた。所謂誰もが憧れる父親像になりきれなった人だった。 でもそれでも、父と過ごした27年5ヶ月。色んな父を見てきた。良くも悪くも、その全てが父の生き様だったように思う。不思議な運命の巡り会わせで、一緒に生きてきた。 最後にいままでお疲れ様でした。彼方の息子でよかったと声を大にして言いたい。僕がいつか来る死を前にしたら、最高の人生だったと思えるように、これから強く生きて行こうと思う。そうしたら、絶対最初に車で迎えにきて下さい。いつも乗ってたワゴンで・・・。 | |
| 仕事の合間 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 仕事の合間に本を読もうと思い、以前読んだ本を読もうとおもったんだけど、なんとなく読む気がしなくなりました。以前に読んだ本ばかりで、本に書いていることも実際に工場内でやってみたことだし、読んでいるうちに問題点がいっぱい頭の中で浮かんできて、読む気がうせてきました。 本を読むことによって、新しいことを知れるし、仕事での考え方を改めれるのでいいのですが、ほとんどの場合現状を変えるには力が足りないですね。まあほんの内容をしっかり消化して、工場改善できたらいいのですが、今の僕にはちょっと力不足です。 ふー・・・。新しい本が読みたいです。現状を変えるのは自分だけど、なにかきっかけがないと難しいですね…。現在もがいているところです。 | |
| continue!!! | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 久しぶりにPDCAを回そうと思います。 ていうか・・・今回の改善対象は、不良品箱と工具箱の使い分けという項目で、どうでもいいことのようなんですけど、工場の生産中では非常に大事な作業の一つなんです。 例えば不良品と良品を同じ作業場においておくと、いつの間にか省いていた不良品が良品に交じってしまうことがありますよね。工員としてはずっと同じ作業場で仕事をしているから自分が一番知っている、との反論をしてくるのですが、ずっとその工員が同じ机にいるわけではありません。 だから他の工員がその机に臨時に座って作業をした時に、不良品を良品にしてしまう可能性があるのです。あくまでも可能性です。不良品箱を作らなかったら絶対にそのような現象が起こるということではありません。ただ、何かの拍子で包装ミスが発生するのです。 品質管理といっても、データを使う管理から、このように身近な方法で改善できることもあります。ただ、経験上この問題発生の可能性を語るほうが難しいです。だって、可能性はあくまでも可能性だからです。それを説明するのは、ほとんど強制的に教え込むしかないと思っています。 話は飛びに飛んでしまいましたが、一年前にこの改善PDCAを回して作業員に教え込んで、6ヶ月後にこの項目は終了しました・・・。(つもりになっていました。) しかし、最近工員の入れ替わり等でこの作業体制がめちゃくちゃくになってきています。僕はけっこう前から気づいていたのですが、工場側は見て見ないふりをしていました。それで今回の会議で再度取り上げて、もう一度改善をするように仕向けました。 ホント、一度決めたことを管理するというのはとても難しいことだと感じます。もちろん、このPDCAの中で工員と何度も話し合い、現場にあった体制を取り入れる作業を何度も繰り返しましたが、誰かが注意深く見ていないと、結局最初の状態に戻ってしまいます。 今回は、決定のほかに、責任者と持続性という項目をつけてPDCAを回していこうと思う。ふー先は長いですけど、一つ一つ解決していこうと思います。 | |
| いまあるものに集中すること | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 中国で仕事をしていると、とかく不便なことが多い。国情が違うから、仕方がないのだが、どうしても愚痴が先にでてしまう。日本からきた職人さんたちも、中国工場の欠点ばかりに目がいってしまうようです。 でも、ないものに意識を傾けるより、あるものに意識を向けたほうがよっぽど価値的だと思う。 ないものに意識を傾けて、その問題が解決するのであれば、価値的だろうとは思うが、多くの場合解決せずに、苛立ちだけが残ってしまうことのほうが多い。 残念ながら、ないものに意識を傾けてしまうのは、人間の本能のようなものだと思う。 人間が不幸だと思うときは、概してないものに意識を傾けている時だといってもいい。実際には、自分や自分の所属しているものは素晴らしいものだというのに、それに気付かないことが、不幸にも往々にある。 あるものに意識を傾けるには、それまでの価値観を変化させることが大事だと思う。自分の価値観を下げなければいけないというわけではない。もっと見方を変える必要があるということである。 それができれば、新しい発見があるだろうと思う。実際に、あるものに意識を傾けることによって、仕事の効率はかなりアップする。有限の世界にいると認識することは、時間を効率的に使うことにも役立つ。 ないものは、あくまでも不確定なものだ。そんなことに意識を奪われているようではいつまでたっても、前には進めない・・・。 | |
| 久し振りにブログ更新 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 長い間、ブログに日記書いていませんでした・・・。書こうと思って、書いている途中で、書く気が失せて、消したり・・・の連続でした。 なんとなく、書きたいことはあるんだけど、それをうまく表現できないときってすごく悲しくなります。もっと表現力があったらいいのになって・・・。 まあそんなことを愚痴っても仕方がないので、シンプルに書こうと思います。うまく書こうとすると、余計に書けないほうなので。 現在中国はすごく暑いです。今日も35℃ありました。昨日の夜なんて暑すぎて、ほとんど寝れませんでした。。。トホホ・・・。 冷たいそうめん食べたいとか、野菜サラダが食べたいなどと妄想とも夢ともつかぬ幻想を抱きながら仕事をしています。 でも日本に帰ると、そういうものを食べないんだよね…。人間って本当に勝手だと思います。そこにないものは、どんな手段を使ってもほしがるくせに、手に入るか、手に入る距離にあるとわかると、急にいらなくなるか、それまでの情熱が急にさめてしまてしまいますよね。 ふー。とにかく暑い。やっぱり冷たいそうめんが食べたい。誰か作っておくれ。 | |
| その前提が間違いです | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 最近仕事で気付いたポイントを文章に詳しく書いてくれている本。 1+1=2は正しいということは、誰でも共通の前提であると思う。それを基にして、1+2=3・・・・と続いていく。 しかし、1+1=3だったとしたら、その後の計算は続いていけばいくほど、間違いということになる。 数字にすれば、誰もでもわかるあほみたいな話だけど、僕たちが生きている世界は、数字だけで測ることができない複雑なものがある。 複雑なために「前提」がおかしいことがよくある。そして、それぞれの前提がおかしいために、その答えも、結果も間違ったものになってしまう。 例えば、仕事でいろんな中国工場に指導しに行くことがあるのだが、僕がたまに行くと絶対に大量の欠点を見つけて指導することになる。 正直言って、僕が行くまでこの中国工場の管理者たちは何をしているのだと、しかったこともあった。こんな目にみえるごみを拾おうともしない彼らがばかにみえたこともあった。 彼らは、言い訳としてお前が日本人だから、問題が発見できるんだ。といっていたし、そういわれると自分も存在価値がでるのでその前提を疑うことはなかった。 しかし、実は日本人技術駐在員でも同じ傾向が見られた。問題だとわかっていても、改善しようとしない態度。その理由を何度か考えたことがあった。 彼らは、長年日本式の生産システムに慣れており、中国工場を日本式に変えてくれるだろうと本社の期待があったのだが、最初のころだけ改善作業があったが、結局はほとんど改善はされなかった…。 考えていくうちに、ここでの前提は、「日本人だから問題が発見される」のではなく、「たまにその工場にいくから問題が発見できる」という前提なのである、ということがわかった。 もちろん、注意深い性格、商品知識等々 他にもいろんな前提があると思うのだが、ほとんどの本社の人たちは「たまにみるから問題を発見できる」という前提をあまり理解していないようである。 だから、たまにくると問題が発見できて、そしてそれを基に、いったい常時いる駐在員がその問題を発見できないのかと、いつも憤慨している。 話が飛ぶようだが、この前提には人間の傾向上、環境に悪い言い方をすれば埋没してしまうという性質があるのが原因だろうと思う。人は良かれ悪かれ、ポジションによって習慣化してしまう。 はじめは悪いと思っていたことでも、あきらめや慣れによって見過ごしてしまうことがある。だから、改善が進まないし、本社出向者がたまに来たときに、問題が発見されるのではないかと思う。 多くのビジネス書もこの本と同じようなことを書いているのだが、前提という<起点>ということを見直す必要性を書いているのは、あまり見当たらない。そういう意味で新しい角度の本だと思う。 最後にこの本に書いているいい言葉 「もしどんなに考えてもいい解決案が思いつかないとか、やってもやっても失敗ばかりだという閉塞感を感じている方がいるとすれば、起点、前提をもう一度見直してみてはどうでしょうか」 | |