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サブプライムで年金支給額が目減りする?
10月7日
昨日のニューヨークの株の暴落を受けて、日本の証券市場も午前中にあっという間に1万円の大台をくぐってしまった。
サブプライム問題で欧米の金融機関に比べ被害が少なく、他山の石として余裕を持ってみていられた金融事情が、それどころではなくなってきた。
更に始末が悪いのは円がドル並びにユーロに対して急激に値上がりしだした。輸出を基盤とした貿易立国を標榜する日本にとっては先の見通しが暗くなって来た。特に株の値下がりは思わぬところに影響してきた。
年に1.2度会う友人がいる。
彼が年金の受給が下がったといってぼやいていた。企業年金の基金を運用していた株が下がり運用益が減り、加えて企業の合理化対策としての派遣社員の増加で年金加入者が減った。更に受給者の長寿化で肝心の基金が目減りし始めてしまった。その為企業年金システムが崩壊寸前になってしまったという。
聞けば5.6年前、株が1万円を切っていた頃の話だった。その為企業年金を解散して一括で分配しようという案が浮上した。受給者から受給金額が下がってもいいから一括払いでなく今まで通りの2ヶ月に一遍での支払いをして欲しいとの声が上がり、結局支給額を下げて、今までと同じ方法で支払われることになったという。
その結果今までより3.4万円受給額が減ったという。ゴルフに誘うと遠方の彼は一人で参加する。車で来るのだが、当然の如く殆ど高速道路を利用しない。早目に出て必ず一般道を利用して目的地に来る。
60歳の定年を迎え会社の就職斡旋を断り、残りの人生を趣味に生きると決めた。自宅を所有し、子供達も独立し、その意味では自分の生活費以外には掛らないだけに多少の目減りには動じる事はない。そんな彼のささやかな自己防衛手段なのである。
今回またしても金融恐慌により株の暴落が始まった。株で運用している年金基金に少なからずダメージを与える。絶対安心と思われていた年金がまたしても目減りする可能性が出て来た。
私のように国民年金だけしか受給されない人間にとってはどこの国の話と柳に風的なところがあったが、年金にぶら下がる人が何人もいる受給者にとっては、生活が根底から揺らぐだけに看過出来ない問題となってきた。
前回の株の値下がりはバブル崩壊という国内的な要因だったが、今回は米国発のサブプライム問題に端を発した世界的な金融恐慌である。簡単に治まるとは思えない。世間では解散風が吹き荒れているが、この緊急事態に口をひん曲げた麻生総理はどんな舵取りをしようとしているのだろうか。
新聞等で発表されている程度の四兆円の補正予算で、この難局を乗り越えられるとでも信じているのだろうか。社保庁のいい加減さで混乱した年金が、更に運用面で利用していた株の暴落と言う不測の事態が加わってしまった。
退職後の年金受給者が安心して頼れる年金システムは一体何時構築されるのか、その意味でも次ぎの選挙はとても大事になってきた。
【2008.10.07 Tuesday 23:06】 author : katei
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悪いやつほどよく眠る 大泥棒に鉄槌を!
10月6日
今朝ワイドテレビを見ていると経済評論家と言われるところのH女史が出演していた。最近またまた問題になっている社保庁の保険料の改ざんに関して、どの様な対抗策を立てていったらいいかに就いて語っていた。
H女史に言わせると、かって受取っていた給与明細、または振込まれた預金通帳、あるいは家計簿があれば何とかなるといった類のことを話していた。
私は聞きながら経済評論家の知識とはこの程度なのかと、或は表面を取り繕うだけなのか、兎に角おかしな話だと思った。その証明書を誰にぶつければ良いのか、その答えが何も無かった。
この保険料改ざんは保険料徴収100%を目指した社保庁主導で進めたものに違いないが、当時保険料の半分を負担する会社が支払い出来なくなり、その為滞納し始めた事、或は重荷になっていたことも要因としてある。その為困っていた会社は社保庁の甘い誘惑に乗り、帳簿上での給料を減額する事で保
険料の支払いの負担を軽くして滞納を回避した。
つまり会社側が正規の保険料を払っていなかった訳であるから当時の給与明細が出てきても何の役にも立たないのではとH女史の解説を伺いながら思った。
恐らく裁判になっても当時の保険料支払い明細に乗っ取って払っておりますと言われるのが関の山で、ご自分の勤めていた会社が悪いのでそちらを訴えてくださいと言われて1貫の終わりとなってしまう。
徴収率100%を目指して、ただそれだけの為に、将来の退職後の給付の為の年金の使命を根底から覆すような悪知恵で、その場のみの自己防衛で進めてきた社保庁に、改めて怒りを覚える。
結局馬鹿を見るのは何も知らない一般の人達なのである。
当初は6万件ぐらいと言われたのが75万件になり、いまでは100万件を超える改ざんがあったとされている。恐らく給与明細等のどんな証拠が揃っても会社が支払った保険料に順じた年金しか補填されるとは思えない。
当時保険料徴収率改善を目指し、このような甘い勧誘をして改ざんさせた当時の為政者並びに官僚のトップどもに制裁を加えるべきではないのかと思わずに入られない。
グリーンピア計画での使い放題の経費、それが挫折して2足三文で処分されても誰も責任を取らない。余談だがその処分される物件に政治屋が介入し甘い汁を吸おうと群がる。日本はまさに悪い奴ほど良く眠るやり得天国になってしまった。
【2008.10.06 Monday 23:42】 author : katei
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楽太郎師匠も顔負け? 木馬亭の名匠
10月5日
昨日仕事を終えてから浅草の木馬亭へ後輩二人と繰り出した。
知合いのSさんが大学卒業以来友人と続けている「元翁・彦柳」の第26回目の落語の発表会だったのだ。兎に角プロ顔負けの話芸は何故プロにならなかったのか不思議な気がするくらいである。
何しろSさんは青学の落研時代に今をときめく三遊亭楽太郎師匠の跡を次いで師匠が名乗っていた青学の最高の格式ある芸名を継いだことでもその技量が判るというものである。
7時近くに出掛けた。会場の木馬亭は何時も通りの満席だった。アマチュアの会にこれだけの人が見えるという事は話芸に優れているだけでなく、継続は力なりで26回も続けてきた事が圧倒的な支持に繋がっているのではと思えた。入口の受付担当でSさんの奥さんが甲斐甲斐しく働いていた。ご主人の道楽?趣味を支えて夫唱婦随、いつも会うたびに笑顔で迎えてくれる。こんな奥さんがいるからこそ道楽もここまで続けられ、道を極められているのだと改めて強く実感した。
好きこそ物の上手なりというが「元翁・彦柳」どちらもまさにこの言葉がピッタリの甲乙つけがたい技量である。中入り後まず元翁師が〈お化け長屋〉を熱演した。多くのプロの落語家が舞台にかけるのを聞いているが、遜色がないと言うと語弊があるがなかな力量だった。
ただ長屋を尋ねる客に同じせりふでの脅しのやり取りがあるのだが、2番目に来た客への対応で同じせりふを繰返す為やや間の取り方などに一工夫ほしかったかなとは思えたが、すばらしい出来映えだった。
とりはSさんこと料亭彦柳師が〈文違い〉を演じた。落語好きだった私には応えられない演目だった。かって円生師、馬生師、志ん朝師で何度も聞いていただけに登場人物の人物像をどのように表現するか楽しみだった。
前振りも時宜を得た偽装、事故米、北京オリンピックと誰でも関心のある話題で笑いを取りながら本題に進めていったのも好感が持てた。声色も上手く使い分け、性格描写も中々見事に表していた。ずばり言って今回で3回の観劇だったが、今まででは最高の熱演だった。
惜しむらくは終盤一度言葉違えがあった。その為1.2分動揺して言葉が浮いて来たのが残念だったが、真面目さが災いしたのかもしれない。お二人とも何故プロにならなかったのか聴き終えて改めてまた疑問が生じてきた。
また次ぎの口演が待ち遠しい。

舞台が撥ねた後はお決まりのコース、昨年に続いて国際通りのジンギスカンで落語の余韻に浸りながらの生ビールの宴となった。
【2008.10.05 Sunday 21:11】 author : katei
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立ち退き交渉 成功の秘訣
10月4日
「こんにちはその後どうなりましたか。」いつもアルコールの臭いをぷんぷんさせているMさんが顔を見せた。
すっきりした顔である。「あれ今日は呑んでないの。」と尋ねると「昼間からは呑むのを極力押さえてます。」という。殊勝な心掛けである。Mさんが入居している老朽アパートの取壊しの為、先日立ち退きをお願いし、その話
合を我が事務所で持たれた。
来年の1月1杯で立ち退きを条件に10月の家賃から立ち退き期限の1月までの家賃を無料とする案を提示した。3人参加した内Mさんだけはその条件を了承しても良い雰囲気だった。あとの二人は不服そうだった。
その後不服そうだった内の一人が見え、何とか合意できる形で話しが繋がった。Mさんとその友達からは何の連絡もなくやきもきしていた。オーナーからもどうなってますかと言われたが、こちらからあまり動いても足下を見られるだけで得策ではない。暫らく様子を見ていましょとだけ伝えておいた。
今日思いがけずひょっこりMさんが見えた。Mさんから予期せぬ言葉が出た。「俺と隣り部屋の友達は先日の社長の提案で合意します。」と言う。こちらの誠意が伝わった様だ。どのようにしたら良いですかと言う。
過日友人の弁護士Sのアドバイスを受けて作成しておいた合意書があるので「合意書を作成するので作成次第連絡するのでその時はハンコを持って事務所に来てください。」と伝えた。
残りは中国人の家族が入居しているがそちらはオーナーのところに家賃を持参していた。先月伝えたところ既に12月には退出しますとこちらは何の条件もつけず素直に応じてくれた。懸案だった二人が同意した事で1月1杯での立ち退きに関して余程の突発的な問題が生じない限り可能になった。
このアパートは途中からの管理だった。立ち退きと言う難しい問題だったが、誠意を尽くせば理解してもらえるということも判った。公平な立場で何とか取り仕切れた事で、まだまだ勉強中とはいえ少しばかり自信と誇りが芽生えた。
【2008.10.04 Saturday 20:27】 author : katei
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所有権放棄交渉 日参されると・・・・
10月3日
本業の寝具の店が常磐緩行線北小金駅から100mのところにある。
5階建てのビルの1階を店舗にし、2階から5階までは住居として賃貸している。この店舗が面している通りが旧水戸街道で県道になっている。
今年に入り電線の地中化問題が起きた。それに呼応するかのごとく小金宿として町の活性化が叫ばれ出した。
北小金は駅から80mまでのところにサティのショッピングセンターがある。その先が大きな交叉点になっていて真直ぐ南に伸び、およそ1キロ先で6号線にぶつかっている。
6号線までの途中に昔の旅篭跡があり、そこに案内板が建っている。昔の佇まいが残っているかと言うと看板がなければそのまま見過してしまう普通の民家である。最近は商店街と言うよりはただの住宅街といった方が通りが良いかもしれない。元々農家だった人達が時流に乗り、その農地が住宅地になり賃貸などの価値を生み出した。
その為出店当時はあばら家だった家が、どこも立派な門構えの邸宅に変身した。その人達が小金宿と騒いだ所で、自分達の自宅を当時の町並みに揃えるとも思えない。その覚悟もなくて小金宿と騒いだ所で何も生れるとも思えない。それでもそれに乗るが如く県が動き出した。
何故動き出したかと言うと、この県道旧水戸街道は未だに道路の中央部分は別にして歩道上は誰の所有か判然としないのである。この際電線の地中化を引っさげて小金宿再生を御旗として掲げ、一気に道路両側の不明部分を解決すべく道路に面する所有者に対し、土地の放棄を迫ってきた。
現実に私の所も非常に曖昧になっている。敷地と歩道の境からチェックすると登記簿上より大分少なくなる。こちらとしては歩道上の私有地部分を明確にしてもらい、そこは自由に使ってくれて構わないが所有権は放棄しないと言っている。
小金宿を標榜しても、電線の地中化にしても、こちらでどうぞ自由に歩道を通して良いですよ、やりたい様にやって良いですよと言っている。だから別段何の問題もないでしょ、というのがこちらの言い分だある。
所有権を放棄すると歩道上の管理は警察になり、物を出したりするとすぐにペナルティが来る。県では大丈夫ですといったところで担当者が変わればその約束は反古されるのは目に見えている。結局損を見るのはこちらである。
ただ仕事を受けた測量会社の誠意には参った。何度も何度も町屋まで足を運んでくる。
結局その誠意に負けてこちらの所有分の半分を放棄する事で解決する事とした。残った部分があれば商品を出すのにも警察から文句を言われないで済む範囲だった。
小金宿の御旗のもと、どんな町作りができるのか、自分が関係ない所、痛みがない場合は大義名分を持ち出し同調するが、本気で自分たちの住まいを昔風に変えてまでやる気があるのか、これからの推移を見守っていきたい。
【2008.10.03 Friday 23:03】 author : katei
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秋の日差しに元気をもらう一日
10月2日
雲一つ無い久し振りの快晴に季節の移り行く風情を堪能している。
秋もいよいよ本番である。明るい日差しと共に気分も昂揚し、ここ数日間のもやもや気分も吹き飛んでいく。数日前に注文しておいた駐車場の看板が出来あがり、看板屋さんと時間を待ち合わせて出掛けた。境界に立つブロック塀の所有者であるお隣りの会社に、塀の使用の為の挨拶を済ませ、戻ると看板屋さんも見えた。
昔からの馴染みの看板屋さんだ。かっては精悍できびきびしていたが、さすがに寄る年波には勝てず、肩が丸まり動作ものんびりとし、かっての片鱗も見えなくなっていた。彼の息子と私の息子が幼稚園で一緒だったが、年齢的には私より4歳ぐらい上のはずだった。彼の如何にも年取った緩慢な動きを見ていると、自分では若いつもりでいても、他人から見ると同じ様に年取ったナーと見られているのかと思われ、人生のたそがれが目の前に迫ってきたことを実感した。
特に背筋を伸ばしていないとやけに老けて見えることが分かった。
そのまま帰る積もりだったが、その動作を見て帰る訳にも行かず、取り付けを手伝うことにした。抜けるような青空のもと、ブロック塀にネジ穴をあけて看板を取り付けた。肉体労働とまではいかなかったが久し振りの外での労働は、秋の日差しをからだ1杯に浴びて気持ちが良かった。太陽の光が体の中に染みこんでエネルギーに変わっていくのがよーく判った。
つい数週間前までは太陽の光が邪魔で、暑苦しく、日影を求め、敬遠していたのが嘘の様に恋しく思えてきたことも、季節が知らぬ間に変化してきたという事なのだろう。
何時も日の当らない事務所の中にいるだけの身にとってはたまにはこんな時間を過ごすのもいいものだとしみじみ思った。これから秋本番、スポーツに読書に芸術に食欲にそして1杯呑むにも1年でも一番良い季節になった。
1日1日を大切に充実した日々にしていきたいと、秋の澄みきった空を見上げながら思った。
【2008.10.02 Thursday 23:06】 author : katei
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秋晴れと1001回目の更新
10月1日
東京に影響するかと思われた台風15号が今朝鹿児島沖で熱帯低気圧に替わった。これから週末にかけて天候は回復状況、この三日ほど秋の深まりを感じ長袖で過ごしたが、また暫らくは仕舞い込んだ半袖シャツを引っ張り出すようになるのかもしれない。
1000回を超えた我がブログの更新に弱気の虫が顔を出していたが、天候の回復と共に何とか書けるところまで書いていこうかとの思いが目覚めてきた。
足早に深まり行く秋にデリケートな心?が反応し、推敲する詩人の如く、我が心に輪廻転生を問いかけてきたのかもしれない。自分自身に活力を注入する為思い切って外に出た。
数日前公証人役場に電話して借地権の公正証書を取り交す際に必要な書類を聞いたところ、その土地の謄本がいるという。物件の場所が台東区の為、台東区管轄の法務局に出向かなければならない。調べたところ場所が秋葉原の三井記念病院の近くである事が判明した。
天候の回復した午後から思いきって出掛けた。
自分に活を入れる為に京成線で上野駅まで行き、そこから法務局のある秋葉原まで歩くことにした。
家を出る頃はまだ怪しげな暗さが空一面に残っていたが、上野に着く頃には雲が切れ明るくなってきた。相変らず喧騒のアメ横を通り、ガード沿いを御徒町を抜け、秋葉原へと向かった。上着を着た身には気温が上がり、些か汗ばむ思いだった。御徒町の駅を過ぎる頃から人の波は極端に減ってきた。
蔵前通まで来て、そこから東に昭和通りに出て目的の法務局に向かった。水曜日と言うことで大手の不動産会社が殆ど休み、空いているだろうと予想したが案外混んでいた。バブルがはじけた上に世界的に金融恐慌の様相を深めていても、不動産を買う人は絶えないものだと妙に感心した。
帰路は家内から用事を頼まれたので秋葉原からつくばエクスプレスで北千住に出た。秋葉原の東側はかっては貨物の操車場だったところにヨドバシカメラの進出に始まり、多数の小売・飲食業が馳せ参じ、その相乗効果により一大集客拠点となった。駅から吐き出される人達、建物内への出入りと、平日でもかなりの人が行き交い、歩くのに邪魔な感じだった。
つくばエクスプレスの開通で秋葉原、北千住間は非常に便利になっていた。北千住で買物を済ませ、すぐ目の前のバス停から今まさに出ようとする駒込病院行きのバスに飛び乗る。我が家近くのバス停で降りた。所要時間全部で2時間半、結構仕事は出来るものである。
家に着く頃には日差しが出て来た。落ち込み気味だった我が心も慌しくはあったが久し振りの外出で、顔を見せた太陽の如く、すっきりした気分に変化していた。またブログを書いていけそうかも..。
【2008.10.01 Wednesday 23:16】 author : katei
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祝1000回更新と1001回へのGAP
9月30日
とうとうカテイのブログが1000回を迎えた。
良く頑張った! 感動した!!  
と言いたいところだが当初から続けるぞと意気込んで始めた訳でもなく、一種野次馬的に書ける内は書いてみるかとおよそ単純に始めた。書き始めたら止めるきっかけを見付け損ない、ここまで来てしまった。というより最後は兎に角1000回までは書こうと自分を鼓舞しつつ続けていた。
出来る事ならこれでお終いにしたいと思う気持ちもある。ここ1ヶ月程は悩んでいた。先日パートナーの井上さんが見えてどうしたもんかと話すと、ここまできて止められないでしょう、アクセス数も伸びているし、と冷たく?言い放たれてしまった。
確かにここ2ヶ月のアクセス数は明らかに以前に比べて伸びている。以前は月に1万4.5千いけば御の字だったが、今では2万件を越えるようになっ
た。この積み重ねられた数字を無視して止めることもまた難しい。
止めるのは簡単だが仮に止めて日数を置いて再スタートした時にはまたゼロからのスタートになってしまう。その事を考えると千々に乱れる我が心である。そぼ降る雨をガラス戸越しに見やりながら何故か我が心も降る雨の如く沈んでいく。
次ぎへの展望が開けないままキーボードに置いた手はためらいがちに思い出した様に時々キイをたたく。脈絡も無い文字が打ち出され、それを虚ろな目で追っている。何故か言葉にならない。
1日700回近くの数字で示される支持されている思いと、兎に角書くことから解放されたいという思いとが交錯する中で1000回という日を迎えた喜びよりも次ぎの1回をどうするか今だ迷っている自分がいた。
“下手な考え休むに似たり” 明日からの事は明日になって書く気になったら書けば良いし、書きたくなかったら止めたら良い。
果してどうなるかは自分でも判らないが明日の事はその時の気分次第と言う結論に達した。
【2008.09.30 Tuesday 23:46】 author : katei
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車中の人 雨を恨みつつ
9月29日
昨日から祈るような気持ちで天気予報を見ていた。
午前10:30分から日暮里のM銀行で決済が行なわれる。午前中は曇りと出ていた。曇りならば自転車で行ける。10時頃出ていけば15分前には着く。その間時間的にも余裕を持って過ごせる。雨だとバスになるのでどうしても早目に出なければならなくなる。そうなると朝が忙しなくなってしまう。6時に起きて新聞を取りに下に降り曇天の空を見上げた。その時点では雨も降っていなかった。何とか午前中はもってくれよとお願いした。
朝食を摂った後窓を開けて周辺を見下ろすと、傘を差して歩いている人を発見。こちらの気持ちも忖度(そんたく)せず、予報の正午まで曇りを覆すが如く、本降りになってしまった。神とは何故に我に無常なのか。矢張り雨男の本領発揮となってしまった。
こうなったらこの雨を逆手にとって利用しようと考えた。日暮里まで歩くことにした。その間道中で懸案としてきた事を一つ一つ処理していくことにした。家を9時に出た。
まず町屋駅の近くにある区の出張所に寄った。休み明けで混んでいるかと想像したが雨の為かすいていた。他所で必要とした印鑑証明書を受領した。次いで明治通り沿いにある専門店会の事務所に寄った。事務長と二人の清算事務員で残務整理をしていた。事務長から地下のテナントの退出にてこずり現在裁判で争われ、その経過報告をはじめ回収経過の報告を受けた。回収に関しては先日後輩の常務理事から資料を送られていたが詳細と今後の予定、受取勘定の残額等を聞いた。暫らく雑談をして事務所を出た。時計を見たら10時5分前だった。
M銀行の日暮里支店まではゆっくり歩いても10分もあれば着く。本降りの中、人影も疎ら(まば)らな住宅街を通りぬけ、銀行に着いた時は約束の20分前だった。当然誰よりも先に着いた。約束の時間までに全員揃い決済は30分で終了した。
売主、買主と支店前で別れ、さてまた歩いて帰るかと自分に言い聞かせたが、脳の指令が手足に十分行き渡らない。何故か筋肉が拒否反応をしている。気がつけば靴の中が濡れていた。
靴下が濡れているだけで既に戦意喪失。以前の自分では考えられなかったが寄る年波には勝てない事が判明した。
自分の気持ちを再確認すべく、それでもバス停をひとつクリアーしたが歩いたのはそこまでだった。68歳の抵抗も空しくついえた。既に目が後方のバスの姿を探っていた。それでも良いか、行きは歩いたのだから、と言い訳しながら車中の人となった。
【2008.09.29 Monday 23:55】 author : katei
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執拗な交渉と思わぬプレゼント
9月28日
昼食後事務所に下りて書類を整理していると電話が鳴った。
「もしもしSです。」今回駐車場の管理を頼まれた〈おじ様は何者ですか〉のお母さんからだった。
「今お宅に伺ったのですが事務所にどなたも居なかったものですから、奥のテーブルの陰に気持ちの商品を置いてきましたので受取ってください。」
受話器を持ちながら事務所の戸を開けて奥のテーブルを見ると荷物が置いてある。「申し訳ございません有難うございます。」と言って電話を切った。
今回駐車場の管理をすることになり看板を立てる事になった。その看板代をこちらが持つと言ったことで申し訳ないと感じ、持参したものと思われた。
あまりの義理堅さに申し訳ない気持ちが先に立った。
確かに看板代は数万円掛るが看板を出す事で会社の宣伝になる上、事業が広がっている印象を持たれ、次ぎへの仕事の依頼も考えられる。その事を考慮したら数万円の経費はすぐに元が取れる。
プレゼントを頂く事で逆に早く満車状態にしなければとのプレッシャが掛ってしまう。それにしてもわざわざ届けてくれた好意には感謝するのみである。今日は朝の内北小金のマンションの問合せがあった。
そのやり取りがあまりに釈然としなかっただけにこのプレゼントで気持ちが切りかえられその点でも有り難かった。
3週間程前内見を約束し、その当日都合が悪いといって内見を延期し、その後音沙汰がなかった中国の若い女性からの再度の電話だった。前回の話しで家賃を1万円引いてあげる約束をしていた。今回入居するのに幾らか掛りますかと言われ敷金1ヶ月、家賃10月分、手数料を3分の2にし、火災保険料9540円と伝えた。
まず手数料でクレームがつき次いで敷金も負けて欲しいと言ってきた。手数料はネットに掲載してくれている関係者に全て払う約束をしているので出来ないと答えた。
敷金は家賃の保全の為と、退出時のクリーニング代との相殺も兼ねているのでと話した。クリーニング代を先払いします、家賃は絶対滞納しませんので敷金を負けて欲しいと執拗に食い下がってきた。こちらは保証人も取らないこともあり敷金1ヶ月は譲れないと話した。同じ部屋を日本人からは更に礼金も取り、手数料も1ヶ月分貰っている。特別に苦労して日本に来ている事を考慮して礼金は取らないでいるのだから、と言っても何とかして下さいの一点張りである。こちらも段々腹だしくなりこの話しは止めましょう、貴方が希望する条件の物件を外の不動産会社を通して探しなさいと言って電話を切った。
あまりの後味の悪さに気持ちが沈み、閉口していただけにSさんからの思わぬプレゼントは有難かった。世の中案外捨てたものではなかった。拾う神ありだった。
【2008.09.28 Sunday 20:23】 author : katei
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