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歴史と中国日本中世史と四川(成都)
September 27 国慶節の西安行 9月29日(月)~10月5日(日)は国慶節のゴールデンウィークです。 この時、西安交通大学日本語学科1998年卒業生(第10期)が卒業10周年目に同窓会を開きます。 これに顔を出すため、1日~4日まで西安に行ってきます。 学科創立20周年記念会で、2005年5月に行って以来です。 今週は今日もそうですが雨模様で、 特に24日(水)は真夜から午前中にかけて、 大雷雨かつ強風で、校内(市内も)の木が何本か倒れました。 なお、この雨で長距離バスはかなり運休を余儀なくさせられました。 September 20 CA422便での北京経由・成都入国手順―成都雑感〔72〕―現在、日本と成都を結ぶ航空便は、北京経由成田・成都のCA422便と、大連経由関空・成都のCA152便の二つです。いずれも経由便で、いったん経由地で航空機を降り、空港ターミナル待合室で待機し、同じ機に再搭乗して成都に着きます。このため、現在の中国の方式では入国審査は最初の空港となっていますから、入国に当たって、(1)経由地の空港での入国審査、(2)成都双流国際空港での託送荷物受け取り・税関検査の、二段階になります。以上の手順に関しては、「CA422便による成都への入国手順―成都雑感〔20〕―」(2006年9月11日付)で、北京首都空港の経由搭乗(トランジット)手順と成都双流空港での降機手順を述べました。この春北京空港では新ターミナル―第3ターミナル(T3)が完成し、これに伴い、中国国際航空は全便T3発着になりました(従来はT2)。したがって、北京空港でのトランジット手順が変わりました。それで、改めてCA422便での手順を述べます。 最初に、成田を離陸して食事後に、キャビンアテンダントがワッペンを配りにきます。これは、北京行の乗客ではなく、成都行の乗客であることを中国側の空港係員に明示させるものですから、成都に到着まで、目立つところに剥がれないようにしっかりと張ってください。 (1)北京首都空港での経由搭乗(入国)手順 T3使用に伴い、旧前の沖止めからボーディングブリッジ付けになりました。この手順は次の流れとなります。 ①降機 ②入国審査 ③安全検査 ④搭乗待合室待機 ⑤搭乗 まず①降機です。手荷物類をすべて携帯して降機し、ボーディングブリッジを進み、階段を上がると、上がり口脇に「東京→成都」と記した案内板を掲げた係員が立っています。この係員に成田でのボーディングパスの半券を示して、トランジットボーディングパス(手書きでCA422便と記してあります)を受け取ってください。そして、係員の脇で待機してください。これで、北京で降りる乗客と成都まで行く乗客を分けるわけです。もし、北京までの乗客のようにそのまま進んでしまうと、通常の北京での降機の流れとなり、本便に戻ることは事実上無理となり、自分のみならず他の乗客に大変な迷惑をかけることになりますから注意してください。 続いて②入国審査です。成都への乗客全員の確認がすむと、係員が誘導しますから、それに従って進んでください。すると、中国辺防検査処(イミグレーション―3階)前に到着します。T2の時がトランジット専用の窓口でしたが、T3では北京で降りる乗客と共通の通常の窓口です。ですから、多くの北京降機の乗客が列を作っています。係員はイミグレーションの後ろで待っていると言って別れます。したがって、係員の顔などの特徴をよく覚えておいて間違わないようにすることが肝要です。それから、北京降機の乗客に混じってイミグレーションに並んで、入国審査を受けます。必要なものはパスポ-ト・ボーディングパス半券(成田)・トランジットボーディングパス(北京)・入国カードです。スタンプが押され審査が終わり、前方へと進むと、先ほどの係員が後方中央付近に案内板を持って立っているのが認められるはずです。この係員のところへ行き、脇で待機してください。このイミグレーション通過は北京到着便が重なるときはかなりの時間がかかります(30分以上)。幸いにCA422便の時刻は通常なら到着便数の少ない時間帯なのでそれほどかかりません(数人が並ぶ程度)。ですから、混雑時にはよく注意して係員を見つけてください。 入国審査が終わり、係員が成都への乗客全員を確認すると、誘導し前へと進みます。左側のE-70と記した案内標識のある通路へと入り進みます。万が一係員とはぐれて、そのまま中央を進むと、2階へのエスカレーターとなり、国際線出口への無人シャトルの乗り場に出てしまいます。必ず、左側のE-70(E-70搭乗口は国際線から国内線への経由便の専用搭乗口)への通路を進んでください。通路を進みエスカレーターを下りたところが安全検査場(2階)です。ここで、パスポ-ト・ボーディングパス半券(成田)・トランジットボーディングパス(北京)を示して、③安全検査を受けてください。100cc以上の液体類の持ち込みが可能かどうか私自身は確認していないのですが、体験者のブログ記事により、免税店での領収書(レシート)で確認できれば、この液体類は手荷物として持ち込み可能です。 安全検査が終わり、前に進みさらに下ると、④搭乗待合室待機です。ここは1階で、バスに乗車することになります。今回は時間があり、ここで20分ほど待機しました。実はここまでにトイレはありますが、係員を見失うと、ここまでこれない可能性が高くなりますから、途中で勝手にトイレなどに寄ることはよすべきです。どうしてもという場合は係員に断るべきです。 そして、搭乗案内があると、⑤搭乗です。ボーディングパス半券(成田)・トランジットボーディングパス(北京)を示して、バスに乗車し、先の位置と同じところにある飛行機に戻り搭乗します。 (2)成都双流空港での入国(託送荷物受け取り・税関検査)手順 成都での手順は基本的には変わっていません。ただ、ボーディングブリッジ付けではなく、沖止めが基本となっています。次の手順の流れとなります。 ①バス乗車 ②託送荷物受け取り ③税関検査 ④出口 まず①バス乗車です。北京からは国内線の乗客が入ります。成都双流空港に到着すると、国際線乗客(成田から)と国内線乗客(北京から)とはそれぞれ出口が異なります。このため、係員が両者を分けるために案内・指示します。だいたい国際線乗客の方が少ないですから、多い国内線乗客に引きずられないように、係員の指示に注意しましょう。今回は沖止めでしたので、タラップ下に「東京→成都」と記した案内板を掲げた係員が立っています。「東京、東京」と声も出しています。係員の横で待機してください。(ボーディングブリッジ付けの場合、ブリッジ内に係員がいますから、この指示に従ってください。)周りの乗客が機内でもらったワッペンを付けているはずです。係員の指示に従って乗車してください。 バスを下車すると、前がターミナルビルへの入り口です。そのまま進み、案内標識に従って進むと、検疫と入国審査のところがありますが、今回は北京でそれをすませているので、係員もおらず、そのまま通過すると、託送荷物受け取り場です。ここで、②託送荷物受け取りとなります。なお、トイレはここと検疫処の前にあります。 荷物が出てきたら受け取って、③税関検査となります。ここで税関申告が必要な場合は、税関申告書を提出し、レッドレーンを通過します。なければ、グリーンレーンを通過します。今回は、ちょうど北京パラリンピックの時期と重なり、全荷物をX線検査機にかけていました。 以上で、すべての入国手続きが終わり、④出口です。なお、出口前右横には中国工商銀行の両替所があります(手数料40元)。 成都発北京経由成田行のCA421便に関しては、「CA421便での成都搭乗・北京経由手順―成都雑感〔71〕―」(2008年8月2日付)を参照。 September 10 外務省の渡航情報は四川省の地震復興への阻害要因『旅行業界 最新情報 トラベルビジョン-』2008年9月9日付「JATA・中国国家観光局、四川省渡航情報引き下げを外務省に要望-見直し着手」(http://www.travelvision.jp/modules/news1/article.php?storyid=38002&PHPSESSID=6ee5347357868e331dcf579c79497aa2)記事に、次のように書かれています。
日本旅行業協会(JATA)事務局長の奥山隆哉氏と中国国家観光局(東京)首席代表の范巨霊氏ら6名が9月8日外務省を訪れ、四川省の視察結果を報告、渡航情報の引き下げを要望した。現在のレベルは「渡航の是非を検討してください」で、旅行会社によっては社内規定により募集型企画旅行の募集を中止せざるを得ない。范氏によると、「視察の結果、地震の影響はほとんどなく、観光には問題なかったことを説明」し、1日も早く引き下げられるよう要請。外務省海外邦人安全課からは、「情報を参考に、見直しに着手する」旨の回答を得られたという。外務省は今後、北京の在中国日本大使館と重慶の総領事館を通して情報を収集し、引き下げを検討する方針だ。 在中国日本大使館によると、これまで中国各地から観光客受け入れ再開の知らせはあったものの、「現時点で省政府の外国との窓口である外事弁公室に要請しても正式な通知を得られていないため、安全第一の立場から見切り発車もできない」状態にある。これについて范氏は、「8月4日に外事弁公室の上部組織である四川省人民政府が再開を発表、6日から実際に再開している」とし、外務省にも同様の理解を求める。
5月12日の四川汶川大地震に伴う四川省渡航情報(渡航の是非を検討してください)が継続されている理由を、本記事後段での在中国日本大使館の弁明をみると、四川省旅游(観光)局が四川省人民政府の裁可を受けて、8月6日からの九寨溝・黄龍へのツァー募集解除の記者発表を行い、地震震源地域を除く四川省の観光地の4日に安全宣言を行ったことを、一民間人である私が5日には知りえている(中国の国内サイトでニュースとして掲載されました)のに、大使館が知らなかったことになります。ただ、たんに四川省外事弁公室への問い合わせで、独自に情報収集をしていなかったことを如実に示しています。これではアンテナの役割を果たせません。 これに加えて、四川省の面積が48万5千k㎡と日本全土の1.3倍もあるのに、いかにM8の大地震とはいえ、省全域に「渡航の是非を検討してください」と注意喚起を出して、それも地震直後ならまだしも、すでに4月近くなるのにそのまま継続中とは、如何に情報収集・分析力と想像力が欠如しているかを示しています。考えてみてください、そのことは阪神大地震の時、外国から日本全土への「渡航の是非を検討してください」という情報を出されたら、日本人および政府はどう思いますか。おかしいと思うでしょうし、その国は何もわかっていないとも思うでしょう。外務省の海外安全情報サイトは中国人、いや四川人でも見ることはできるのです。どうもそのような意識は外務省にはないようです。 本記事の前段落にもあるように、外務省の渡航情報発令の有無がツァー募集に直結している旅行社(これも自主的に判断できず、責任を他に転嫁する情けない社ですが)もあり、まともな情報収集と分析に欠けた外務省の渡航情報はまさしく海外旅行への阻害要因といえるでしょう。四川省は観光地に恵まれ、観光も産業の大きな柱です。地震により本年は観光客が激減したのです。例えば、九寨溝では、5月12日の四川汶川大地震後、わずか27280人(5月13日~7月31日)と、前年に比して76万人も観光客が減少しました。現在でも、日3千人を超えることはありません。当地は、今は観光で生計を立てているのです。四川省の復興には早く観光客が戻ってほしいのです。日本でも、岩手・宮城地震で温泉客のキャンセルが相次いで、風評被害として地元が困惑したことを御承知でしょう。四川省も同じです。外国人観光客中、日本人が第1位です。みなさん、安心して四川省においでください。そのことが何よりもの地震復興のお手伝いになるのです。 September 07 成都に戻る 昨日(9月6日)、予定通り、成都に戻ってきました。 いつものCA422便です。今回は、北京空港のT3が完成したので、 経由手順が従来と異なりました。この点は、追って記事にします。 CA422便は成田発から成都着まで時間通りで、ロスなしでした。 ですが、成田でほぼ満席状態であるのに、成都までの乗客は10人でした。 この時期としては経験のない少なさで、冬並み以下でした。 これも、外務省の四川省渡航注意喚起(如何に現地の情報を把握していないかの見本です。 5月の汶川地震による観光地の被害は四川省全体から見ると、ごく一部地区で、 大半の地区は、九寨溝を含めて、問題なく観光客を受け入れています。 もちろん、成都市内は武侯祠・杜甫草堂・金沙遺跡博物館など全く問題ありません)により、 日本の旅行社が四川省へのツァーを停止しているためです。 ツァー客は1組も見ませんでした。 成都はあいかわらずの曇天でした。 変わったことといえば、迎えの車のバーテリーがあがったため、 タクシーで帰ったことでしょう。 明日から、新学年が開始されます。 August 09 武田氏躑躅ヶ崎館跡―歴史雑感〔9〕―甲府市に所用があり、時間に余裕があったので、酷暑の中、武田氏躑躅ヶ崎館跡(武田神社・山梨県甲府市古府中町、甲府駅北口発山梨交通バス武田神社行180円)に足を運びました。 躑躅ヶ崎館は、1519(永正16)年、武田信虎が石和川田館(甲府市川田町)から移転し築いたものです。その後、1581(天正9)年に孫の武田勝頼が新府城(韮崎市中田町中条)に移るまで、信虎・晴信(信玄)・勝頼三代の居館となり、63年間にわたり戦国大名武田氏本拠として位置したのです。武田氏期の本館は、約200m四方の主郭を中心に、その後に築かれた、主郭の西側に接する西曲輪(1551〔天文20〕年増築)、西曲輪の北側に接する味噌曲輪(西曲輪・主郭に接する稲荷曲輪を含む)、主郭の北側東部に御隠居曲輪・無名曲輪(晴信母大井夫人居所と考えられ、古図には記載がなく、近年の発掘で確認される)からなっています。御隠居曲輪部を除くと、本館の各曲輪は土塁と深い堀を巡らしています。本館は背後に山を背負い(この山上に詰城の要害山城が築かれています)、南へのゆるい傾斜平面地に立地しており、室町時代の守護館を受け継ぐ、典型的な戦国期複郭平城の縄張りとなっています。 写真1左は、武田神社南正面右(東)から堀にかかる「神橋」越しに入口を撮ったものです。武田神社は主郭に位置しています。実は主郭には南側の堀にかかる橋はありませんでした。ですから、神橋などは神社創建後のものなのです。 さて、橋を渡り南参道を進むと、写真1右の武田神社拝殿に出ます。拝殿の右手(東)に進むと、宝物殿(入場料300円)があり、武田氏関係の神社所蔵の武具(国宝楯無鎧〔レプリカ〕)などが展示されています。 宝物殿を過ぎ、さらに進むと大手門に出ます。車はこちらから神社内の駐車場に入れます。写真2左は、大手門土橋右外(北)から大手門土橋を撮ったものです。ここの堀は10mあるかといえる深いものです。現在では土橋北側は水がない空堀で、南側は水堀となっています。この躑躅ヶ崎館の大手門は主郭の東側に作られています。さらに、発掘調査により、土橋の東には三日月堀が確認されており、防御力の強化を図ったことが分かります。本館では堀を渡る橋は、この大手門のみならず、すべて土橋となっています。なお、現在、大手門外東地区は公園整備中です。 大手門から堀に沿って、北へ進むと、主郭北東角から北にかけて公園整備がなされ、道が主郭北側堀に沿って西に延びており、これを進むと、西曲輪に入る土橋に出ます。ここから西曲輪に入り、この東北角の土塁高台上から、南に主郭と西曲輪を隔てる堀を撮ったのが写真2右です。 先の土橋に戻り、さらに道を進むと、西曲輪西北角に出ます。ここで積翠寺への道路に出ます。ここで南に道路を下ります。左には堀が続きます。やがて西曲輪西南角に出ます。南側の堀に沿って進むと、堀にかかる「みその橋」に出ます。かつての土橋のところで、現在は木橋となっています。この橋から西曲輪に入り進むと、に見る主郭への土橋に出ます。写真3左は、西曲輪から土橋越しに主郭を見たもので、主郭の門の両側に木々に覆われた土塁が見えます。 最後の写真3右は、主郭東南角より神橋へと南側の堀を木々の間から撮ったものです。以上で、躑躅ヶ崎館跡は終わりですが、この四囲を巡ることもでき、十分に往時の戦国大名武田氏本拠を偲ぶことができるでしょう。
August 02 CA421便での成都搭乗・北京経由手順―成都雑感〔71〕―「成都双流国際空港での国際線搭乗―成都雑感〔16〕―」(2006年5月6日付)で、北京経由成田行CA421便での成都双流空港の搭乗手順と北京首都空港の経由搭乗(トランジット)手順を述べました。この春北京空港では新ターミナル―第3ターミナル(T3)が完成し、これに伴い、中国国際航空は全便T3発着になりました(従来はT2)。したがって、北京空港でのトランジット手順が変わりました。それで、改めてCA421便での手順を述べます。
(1)成都双流空港での搭乗手順 成都双流国際空港は西南地方最大の空港として国内外の各都市への便が出ています。ターミナルビルは山の字型のスタイルで、山の字の底辺部2階がチェックインカウンターなどのある入口となっており、縦の3本棒が発着ウイングとなっており、入口正面から見て、左及び中央のそれが国内線発着用、右のそれが国際線発着用となっています。したがって、横に直線に延びるターミナルビルの右側部分に国際線が位置しています。国際線には日本への発着便もあります。2008年春現在、中国国際航空のCA421便成田行(北京経由)とCA151便関空行(上海経由)です。そこで、その搭乗までの流れを説明したいと思います。なお、国際線入口右横に中国銀行の両替所(9時~18時)があります。 両便とも経由便なので、その流れは同じで、次の6段階になります。 ①税関検査 ②搭乗手続き ③待機 ④安全検査 ⑤搭乗待合室待機 ⑥搭乗 搭乗手続き(チェックイン)は出発時間の90分前から始まりますので、その時間になると、入口の係官が航空券確認(基本的にe-チケットですから、領収控など)の上で入場できます。その前に、別送品などがあり税関申告の必要な場合は、入口前の左側に設置されているデスクで税関申告書(用紙もそこにおいてあります)の記入を終えておくといいでしょう。そして、①税関検査となります。申告すべき物がない人は緑道(グリーンランプ)に進めば、荷物(トランクなど)をX線検査にかけて問題がなければ、それで終りです。申告品のある人は、当然ながら、赤道(レッドランプ))に進んで、手続きと検査を行ないます。この場合はもちろん税関申告書の提出が必要となります(最終の提出は北京空港で行います)。 税関検査が終われば、その右側にチェックインカウンターが並んでいますから、その掲示を見て、搭乗便のカウンターに進んで、②搭乗手続き(チェックイン)を行ないます。この時必要な物は、現在はe-チケット化しましたから、旅券です(領収控など、搭乗便の情報を示すものがあったほうが、スムースに進みます)。手続きが終われば、搭乗券(ボーディングパス)と共にワッペンをくれます。経由便ですから、経由地まで国内線旅客と混乗になるので、国際線旅客を区別するためのワッペンです。ですから、経由地で搭乗が終わるまでは決してなくさないようにし、目立つところに張っておきます。 チェックインが終わると、右側奥へと進み、中国辺防検査站(イミグレーション)の手前で③待機することになります。この待機はチェックイン開始から30分程度以上ありますから、結構長いです。経由便の場合は、最終出国地(経由空港)で出国手続きを行なうため、成都空港では安全検査だけです。その安全検査への通路は左側の窓際に別にあります。この入口の手前に椅子があり、前方は全面ガラス窓で空港を一望でき、ここで待機します。この待機があることが直行便でない経由便の留意点です。なお、トイレは中国辺防検査処の手前右側にあります。 チェックイン締切り以後に、係員の案内により、安全検査入口前に整列し、その後④安全検査への案内・誘導を行ないますから、その誘導にしたがって、旅券・ボーディングパスを提示して、安全検査を受けます。安全検査を終えて、左手に進むと、ここが搭乗待合室のウイングとなります。ここには免税店・売店・喫茶店・喫煙室(中国の空港ではこれ以外は全面禁煙)などがあります。ただし、空港の物価は、例えば陳麻婆豆腐の素が12元(イトーヨーカドーなどのスーパーでは7元以下)というように、市価に比べて高価です(空港内施設の料金はすべて高価です)。ですから、成都でのお土産は市中で求めるのがよいかと思います。 現時点では、CA421便はボーディングブリッジに接続していてもバス移動が基本ですから、搭乗口は1階のA2・3が基本です。案内板掲示にしたがって、左手の階段を下ります。ここで⑤搭乗待合室待機となります。先の待機時間があったため、ここでの時間は短いですから、2階のウイングを動き回ったりしないでほうがいいです。係員が搭乗の声を出すと、⑥搭乗となります。ボーディングパスを出して半券を受取り、搭乗となります。この時受取った半券は決してなくしてはいけません。それは、経由地でのトランジットボーディングパスの受取りに、それが必要になるからです。バスに乗り航空機へと向かい下車後、係員の指示にしたがって搭乗です。CA421便の機材はボーイング757-200です。この機は旧中国西南航空からのもので、最新のものでなく国内線と共用機材です(基本的に成都・成田便はそうなっています)。ですから、片側3列でシートピッチは78㎝と狭く、成都北京間が約2時間・北京成田間が約3時間であることを考えますと、通路側に席を取ることをお勧めします。
(2)北京首都空港での経由(出国)搭乗手順 T3はこの3月に完成し、使用開始したばかりの新ターミナルで、世界1の規模を誇る施設です。ですが、T3使用に伴っても、CA421便は現時点では相変わらず沖止めを基本とするようです。この場合の手順は、次の流れとなります。 ①T3へのバス移動 ②出国審査 ③安全検査 ④搭乗待合室待機 ⑤搭乗 まず、①T3へのバス移動です。手荷物類をすべて持って降機します。この際、成都でのボーディングパス半券がすぐ出せるように用意してください。沖止めですから、降機はタラップになります。タラップ下に東京の案内板を持った係員がいます。この係員にボーディングパス半券を示して、北京空港のトランジットボーディングパスを受け取ります。これには手書きで便名(CA421)・搭乗口が書かれていますから、確認してください。受け取ったら、係員の脇で待機します。この過程で、大勢の客(ほとんど中国人)にひかれて、直接バスに乗ってはいけません。これは成都・北京の国内線客用のバスで、T3Cの国内線出口へと行ってしまいます。こうなると、行方不明客と航空会社に認識され、大変な迷惑をかけることになり、手続き的にも時間的にも再搭乗が無理となると心得てください。待機して、係員が東京行の乗客数を確認できると、係員がバスに誘導します。バス入口に別の係員がいて、乗車に際して、ボーディングパスを確認し、新たなワッペンを成都でのワッペンの上に張ります。これで乗車できます。T3に到着すると、係員の指示・誘導に従って、2階へと上がります。以上で①T3へのバス移動は終了です。 上がったところの前方が中国辺防検査処(イミグレーショ)です。これは通常の国際線客用のイミグレーションで、北京空港で乗る国際線客と一緒になります。ここで②出国審査を受けます。このとき、パスポ-ト・ボーディングパス半券(成都)・トランジットボーディングパス(北京)・出国カードを提出します。無事に出国スタンプを押されると、審査は終わりです。 さらに前方へと進み、③安全検査となります。ここでも同様に係員にパスポ-ト・ボーディングパス半券(成都)・トランジットボーディングパス(北京)を提出して検査を受けます。当然ながら、手荷物類はⅩ線検査機を通し、自身も検査機を通過しますから、この用意をしておいてください。安全検査が終わると、その前方が税関検査場ですから、申告の必要のある方はここで税関申告書を提出して手続きをします。申告の必要のない方はそのまま通過します。以上ですべての検査は終わりで、搭乗待合フロアに入れます。なお、安全検査は北京からの搭乗客用の通常の所ですから、成都空港の国際線待合フロアで購入した液体品類は1個100cc以下のものは没収と心得てください。 正面にインフォメーションが見えますが、このあたりに係員がいて東京の案内板を持っていますから、その案内に従って搭乗口に移動します。今回は「E-57」と記されていました。これは「E-57~59」の1階の沖待ち用の搭乗口を示しています。インフォメーションの左手に通路を取って歩くと(5分くらい)、「E-57~59」への案内掲示がありますから、ここで1階に下ります。そこが待合室ですが、ここまでに時間を要するので(半時間は)、すでに搭乗が開始されていま。それで、実際には④搭乗待合室待機はないと考えてください。ですから、搭乗待合フロアには免税店など各種の施設がありますが、ここによる時間はないと思ってください。すでに搭乗が開始されていますから、トランジットボーディングパスを提示してバスに乗車してください。これで先に降機した同じ飛行機へ⑤搭乗です。 なお、北京空港T3案内図(商店配置など)は、『北京首都国際機場』サイト(http://www.bcia.com.cn/)の「T3専題」のタブ「多功能登場機橋9」をクリックして出るページ(http://www.bcia.com.cn/swf/menu/index.jsp?nowsmenu=101)で、「旅客服務」をクリックしてから左側に表出される各ターミナルの「3 3号航站楼」を選べば、T3の各階の案内図を選んで図示できます。ここではT3Cが国内線、T3Eが国際線です。もちろん中国語ですが。 また、全日空のサイトに北京空港案内(http://www.ana.co.jp/int/checkin/airport/bis/index.html)がありますから、この案内図も参考にしてください。 追記 成田発北京経由成都行のCA422便に関しては、「CA422便での北京経由・成都入国手順―成都雑感〔72〕―」(2008年9月20日付)を参照。(2008年9月20日) July 18 夏休み帰国 本日(7月18日)、夏休み休暇の帰国をします。 例によって、北京経由の中国国際航空です。 ですが、経由地の北京空港は今春より第3ターミナル開設と、 7月からの成田空港第1ターミナル南ウイングへの移転と、 従来とは異なる点があります。これらをしっかりと見てこようと思います。 成都への戻りは、新学期開始が9月10日(月)ですから、8日に予定しています。 July 05 2008年度前期記事目次2008年度前期(1月~6月)の記事目次を掲載します。なお、前回までの記事目次は「ブログ開設1周年記念・記事目次」(2005年11月24日)、「2005年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2006年前期記事目次」(2006年6月30日)、「2006年度後期記事目次」(同年12月31日)、「2007年度前期記事目次」(2007年6月30日)、「2007年度後期記事目次」(同年12月31日)です。
01.06 寛巷子―成都雑感〔55〕― 01.12 冬休み帰国 03.02 成都に戻る 03.06 成都イトーヨーカドーのエレベーター表示―成都雑感〔56〕― 03.08 成都伊勢丹に「とんかつ和幸」オープン―成都雑感〔57〕― 03.17 本日の春熙路―成都雑感〔58〕― 04.04 中国の祝日―中国雑感〔1〕― 04.14 龍馬古城宝墩遺跡―成都雑感〔59〕― 04.30 停電のイトーヨーカドーと成都伊勢丹―成都雑感〔60〕― 05.01 メーデーの成都市人民公園「鶴鳴茶社」―成都雑感〔61〕― 05.12 成都市地震で揺れる―成都雑感〔62〕― 05.14 四川汶川大地震3日目の西南交通大学九里堤キャンパス―成都雑感〔63〕― 05.15 四川汶川大地震4日目の西南交通大学九里堤キャンパス―成都雑感〔64〕― 05,16 四川汶川大地震5日目の西南交通大学犀浦キャンパス―成都雑感〔65〕― 05.20 四川汶川大地震9日目の西南交通大学九里堤キャンパス―成都雑感〔66〕― 05.21 四川汶川大地震10日目の西南交通大学キャンパス、事実上の休講へ―成都雑感〔67〕― 05.31 中日“四川汶川大地震“災害修復与重建技術交流研討会―成都雑感〔68〕― 06.10 「奥州合戦」における鎌倉幕府軍の構成(その1)―歴史雑感〔8〕― 一、東山道軍の交名一覧 06.17 寛窄巷子歴史文化保護区修復竣工オープン―成都雑感〔69〕―
July 01 続・日本文化分野での卒業論文題目―成都雑感〔70〕―6月30日、卒業式も終え、4年生は学巣を飛び立っていきます。そこで、「日本文化分野での卒業論文題目」(2005年5月17日付)から3年経ちましたので、これ以降の論文題目を付け加えて、改めて私の指導担当した卒業論文全題目を提示します。7年間で、全38編(2002年7編・2003年6編・2004年5編・2005年6編・2006年4編・2007年5編・2008年5編)です。
〈経済関係〉6編 戦後日本経済の高度成長の要因としての科学技術 日本における終身雇用制 松下電器の分析から終身雇用の未来を見る―改革は破壊ではなく、再伸である― バブル経済下の日本経済 90年代後半の日本単身世帯の消費行動 90年代後半以降の日本の対アセアン貿易政策の変化 〈経済文化関係〉3編 伝統的心理の日本の企業文化への影響※ 日本の企業倫理と社会的責任※ 日本企業文化の儒教思想とその利害※ 〈社会関係〉8編 「家」から見た日本人の集団意識 戦後日本の家庭構成の変化 現代中日女性地位の比較 中日高齢者生活の比較 日本人の清潔と清潔感 現代日本人の自殺について※ 日本のコメ保護政策※ 日本の自然災害と日本人の性格について※ 〈教育関係〉1名 日本の小学校教育 〈宗教・思想関係〉6編 仏教思想の日本人生活への影響 中日死生感の比較 盂蘭盆会と日本人の死生観 戦後における日本人の宗教意識変容について 江戸時代の儒学思想とその影響 中江兆民の見る西洋自由民主主義とその儒学の必然性※ 〈文学関係〉3編 『個人的な体験』から見た大江健三郎の心霊の遍歴 中国での村上春樹ブームの原因の考察―『国境の南、太陽の西』をめぐって― 夏目漱石の「こころ」から見た「自己本位」思想※ 〈マンガ関係〉2編 文化としての日本マンガ 中国青少年に対する日本漫画の影響※ 〈言語文化関係〉4編 日本の若者語考 中日外来語の比較 日本語色彩語の研究※ 日本語における婉曲表現とその文化的背景※ 〈その他〉5編 中日古典庭園芸術の比較 中日酒文化の比較 現代日本の歌舞伎と中国の京劇※ 曹操と織田信長の比較※ 東山魁夷の作品における日本的輝く生命の姿※
以上です。※は2006年以降の卒論題目です。なお、この年から経済関係が論題から外されたため、この関係が経済文化関係となりました。ともあれ、時代的には古代から現代、分野的には経済・社会・思想・歴史・文学・言語などと多岐にわたっており、学生の関心の広さを示しています。 June 17 寛窄巷子歴史文化保護区修復竣工オープン―成都雑感〔69〕―「寛巷子―成都雑感〔55〕―」(2008年1月6日付)で紹介した寛窄巷子歴史文化保護区の修復が一応なり、6月14日(土)、中国文化遺産日に合わせ、成都市は「守望家園―寛窄巷子歴史文化保護区修復竣工并対公衆開放」儀式を行い、市民に開放されました。四川汶川大地震から1か月あまりを経て、成都市観光の再開を盛り上げるイベントでもありました。この寛窄巷子は、成都市中心の天府広場から西に約1キロ余、蜀都大道の金河路の北に位置し、長順上街(東)・下同仁路(西)に東西を挟まれた、北から順に寛巷子・窄巷子・井巷子という3本の小街路からなります。この辺り一帯は清朝時代に満州八旗の居住したところで、少城と称されており、清朝時代の支配層地区で、現在でも清朝末期・中華民国期の四合院造の住居などが残っています。いわば昔の成都を偲ばせる街です。ここは2004年から新観光スポットとして再開発されると同時に、街並み保存して保護を加えたのです。この点で、武侯祠隣の錦里とは異なります。なお、最寄りのバス停は長順上街站(62・70・93・163・340路)です。 この日はちょうど4年生の卒業論文答弁会と重なりましたので、翌々日の16日に出かけてみました。月曜という平日にもかかわらず、市民で賑わっていました。保存・保護と同時に、観光スポットとしても再開発されて、レストラン・茶館・喫茶店・土産物店などが軒を連ねて開店しました。まだ、窄巷子などでは工事が完成しておらず、これから開店する店もかなりあります。その一つが、武侯祠隣の錦里にも出店している、スターバックスコーヒー店です。錦里と比較してみると、こちらの方が広くゆったりとしていますが、今のところ小吃類は少なく、これらの食べ歩きは劣ります。 さて、写真1左は、長順上街から寛巷子へ入って少し行ったところ、南面の「寛巷子」額のかかった民家です。ここのように門扉には彩色された絵が修復再現されています。 さらに少し行くと、北面に「徳門仁里」とある四合院造り2階屋があります。ここは、李家の民居で、家具調度などを整え、1935年当時の様子を再現しています。写真1右はこの様で、これは2階奥東側の「長輩房」、すなわち李家主人の父の部屋を再現したもので、ご覧のように成都人の好む麻雀を打っているところです。主人夫婦と父の3人麻雀です。 写真2左は、その茶を喫させるところの一つ、「茶馬古道」です。これは李家の四合院とは異なり庶民の2階屋で、再開発以前から住民が営業していたお店です。このように、路上で竹椅子にゆったりしながら茶を喫して、成都庶民の生活が味わえるところです。別のところでは、やはり麻雀を打つグループを見かけました。なお、茶馬古道とはチベットへの古の街道で、茶を運搬したことから名がおきました。 最後の写真2右は、窄巷子の西側辺の北に面する民家です。ここは現に住民がおり、門横の塀には、「参観謝絶」の掲示が出ています。過半の民居は店や展示館へと変わりましたが、このように少数ながらそのまま居住を続けている家もあり、生活臭もあるのです。以上のほか、フォトアルバム「寛窄巷子」には多数の写真を載せてありますから、これもご覧ください。 なお、寛巷子にはバックパッカー御用達のゲストハウスとして名高い、「龍堂客棧」(2002年開業)があります。
June 10 「奥州合戦」における鎌倉幕府軍の構成(その1)―歴史雑感〔8〕―一、東山道軍の交名一覧 1189年、鎌倉幕府は奥州平泉藤原政権を打破すべく、全国動員をかけて奥羽に侵攻した。侵攻軍は三手に分かれて、それぞれ東海道軍(大将軍千葉常胤・八田知家)は常陸国から陸奥国浜通へ、北陸道軍(大将軍比企能員・宇佐美実政)は越後国から出羽国念珠ヶ関へ、そして大手軍たる東山道軍は鎌倉殿源頼朝自身が率いて陸奥国白河関へと向かったのです。この主力たる東山道軍に関しては、『吾妻鏡』文治五年七月十九日条に、頼朝の鎌倉進発の「御供輩」144名の交名が載せられています。これに先陣を承った畠山重忠を加えれば、当該期の鎌倉幕府軍主力の構成が理解できることになります。すでに、「武蔵武士足立遠元(その6)―歴史雑感〔6〕― 六、頼朝期における遠元(中)―奥州兵乱と第一次建久上洛―」((2005年12月25日付)において、本ブログでは足立遠元と安達盛長に関連して簡単な分析をおこなっています。そこで、改めて、本交名全体を分析対象として、1189年段階における鎌倉幕府軍の構成を考えてみたいと思います。 まず、『吾妻鏡』同日条に載せる交名を先頭から順に示します。最初に、『吾妻鏡』記載名を、括弧内に当人の名字実名と出身国出自を記してあります。
1.武蔵守義信(平賀義信・義光流信濃源氏) 2.遠江守義定(安田義定・義光流甲斐源氏) 3.参河守範頼(源範頼・頼朝異母弟) 4.信濃守遠光(加々美遠光・義光流甲斐源氏) 5.相摸守惟義(大内惟義・義光流信濃源氏) 6.駿河守広綱(源広綱・頼光流馬場源氏) 7.上総介義兼(足利義兼・義国流下野源氏) 8.伊豆守義範(山名義範・義国流上野源氏) 9.越後守義資(安田義資・義光流甲斐源氏) 10.豊後守季光(毛呂季光・藤原季仲子孫) 11.北条四郎(北条時政・伊豆国北条氏族) 12.同小四郎(北条義時・伊豆国北条氏族) 13.同五郎(北条時房・伊豆国北条氏族) 14.式部大夫親能 | |||||||||||||||||||||||